群馬での暮らし:板倉町

Mugirakugan 麦落雁(三桝家總本舗@館林市本町3-9-5)

《グンマを話そう》
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

 また洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持ちこたえる習慣ができた。 このような生活のなかで、麦を工夫して食べる方法が考え出された。 それが、麦饅頭・麦団子・麦柏餅・麦ぼうとう(うどん)などであり、今なお残っているのが麦落雁である。



○板倉町
 板倉町ではほぼ四年に一回の割合で洪水にみまわれ(1704年~1910年に49回といわれる)、水害常習地・水場などとよばれた。 
 人々は屋敷隅に2mほど土盛りし物置を建てて避難小屋兼穀物倉庫「水塚」とし・軒下に小舟をつるし「揚船」とした。
※「揚げ船」は地域により、船底を上にするか下にするか二通りある。

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