かんかん踊

Kankan38○カンカン踊
 文政四年春、葦屋町河岸にて唐人踊なる見世物が出「カンカンノウ」とて蛇皮線に合わせ・銅鼓を叩き・法螺を鳴らし・大蛇を舞った。 後に、両国広小路・深川八幡でも開かれ・子供たちが真似て踊り・江戸市内を風靡したといわれる。 文政五年には禁止令が出たが、みんなで無視した。

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Kankan_edo38グンマのカンカン踊りは下記。

○カンカン踊り・上野村乙父

○カンカン踊り・藪塚三島神社

Kankannou97

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Kankannou21○看々踊・かんかんのう
 文政三年四月大阪荒木芝居にて興行、その後大流行となった。
※蛇踊りも流行した。

☆看々踊
 文政五年葦野町に見世物として現れるも、歌詞卑猥とて禁止された。
※実際の歌詞は異国語で解らず、その過激的・露出的な踊り方が卑猥だったらしい。

☆「梅が枝の手水鉢」の替歌ともいわれる。

☆かんかんのうを決める→夜這い(踊りで四つん這いになることから)

☆「かんかんのう」は、落語の「らくだ」にも出てくる。(上方では歌詞が異なる)

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Kankannou97☆看々踊之図

Kankannou

Kankanou_toyo

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