グンマの昔:朝見ずの橋 ○朝見ずの橋(板鼻宿) 泊まった人が翌朝姿を見せたことがない、といわれた。 奥州へ向かっていた義経一行が橋を渡り宿をもとめた。 宿の主人は伊勢国大神宮の神主義連の子三郎と名乗り家来にしてくれ申し出たので、義盛と名乗らせた。 その後、義盛りは義経の片腕となって多くの手柄をたてたと伝えられている。 ○朝見ず橋 その昔、三郎義盛が軍資金稼ぎのため、宮道旅人を泊めては殺害し金品を奪っていたので、「ゆうべあの橋を渡って屋敷に入った旅人が、翌朝橋を戻るのを見たことがない」といわれた。 « 前の記事 次の記事 » コメント(0)