群馬での暮らし:グンマの鰻
○千代田村・王鉄開発株式会社(現王鉄興業株式会社・王子製鉄株式会社グループ)
(太田市新田反町町51-1、蒲焼加工並びに冷凍パックの製造販売)
公害問題が騒がれた時代に汚水処理した水質検査に金魚や鯉などの魚を飼ったが、なにをちまよったか鰻を飼った会社があった。 そしては本格的な鰻養殖所となり、その生産高は一工場で千葉県全体を超えるようになった。
※グンマには、ウナギに関する俗信が数多くあり、鰻を禁忌とする俗信も多かった。
《グンマを話そう》
○弘法の井戸・鰻橋
ある昔、弘法という坊さんが堀を見ると、いつもは静かに澄んでいる水が、今日は黒く濁って激しく波立てていた。 「これでは渡れないなあ」と困っていると、おっきなウナギが現れて言った。 「私はここに住んでいるうなぎです。 橋の代わりになりますから背中を渡ってください」 そこで、坊さんは丸太のように浮いた背中を渡って、向こう岸に着いた。 信心深い坊さんは、「これも仏様のおかげじゃ。この堀に水が絶えることのないように井戸をほってやろう」。 そして、持ってい杖で地面をつつくと、水が絶え間なくこんこん湧き出る井戸が現れたとさ。(@現安中市)
○沼田:うなぎ禁忌
木曽義仲の家臣今井四朗兼平の子孫家では十二様を祭っていました。 このそばにある池はどんなときでも決して水が絶えたことがありません。 この池にはウナギがいっぱい居ましたが、だれも食べませんでした。 「ウナギを食べると大雨になる」と言い伝えられていた。
○虚空蔵様とウナギ
ある時、片貝の人々がお伊勢参りへ出かけた。 途中の宿で出た汁椀には「ウナギ」が入っていた。 これを食べた同宿者は具合が悪くなったり・病気になったりしたが、片貝の人々は食べなかったので大丈夫だった。
片貝村には「ウナギは虚空蔵様のおつかいだ。食べるとバチが当たる。」という言い伝えがあったのだ。
○高崎・抜鉾神社
ある昔、和田山村の三左衛門の子供がほうそうにかかった時、飼っていたウナギにうつって病が治った。 またある時、村の子供がヒエ畑で眼をケガしたが、抜鉾神社の神水で洗ったら治った。 だが、境内の池にいたウナギはみな片目になってしまった。 このことがあってから、村人はウナギを食べなくなった。
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