グンマの昔:飴売り
○よかよか飴
日の丸旗で飾った飯台に飴を入れて頭にのせ、ウチワダイコを叩きながら「ヨカヨカスルセカ、 イマダニゴケダヨ…」と唄って売り歩いたらしい。
アーヤーヨー
いざり勝五郎車に乗せて
ひけよはつ花箱根山
ハハアーヤーヨー
箱根峠を越すときに
はつ花車をひきとめて
…
アーエー
ちょいと こりゃ御免こうむりまして
なんそれ なんか一言読み上げる
アーエー
春のよ 初めのうぐいすは
日もよく はじめて都にのぼるとき
アーエー
父のよ ためとて高野山
いまそで 母のためとて羽黒山
…
○飴売り
昼は太鼓をたたいて集まった子供相手に飴売り、夜は泊まった家の座敷で大人達相手に唄・物語・芸など披露して「お包み」をもらった。 雨などで飴を売ることができない時は、店・宿屋を訪れ「自分の名前入りの手ぬぐい」を売り唄った。
夏は「ひき飴」をおがらにからめた「おがら飴」・「旗飴」・「棒飴」、冬は15cmほどの「ぼう飴」・「ぶっかき飴」を売り、銭の無い子供には飴の小片をサービスし、歌を聞かせた。
※よかよか飴は、明治二十一年頃始まったといわれる。
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