いんごう惣兵衛
《グンマを話そう》
○因業惣兵衛(中之条町山田)
「えこじ惣兵衛」・「ヒューゲ惣兵衛」ともよばれ、数々の奇行が伝えられている。
「惣兵衛さん豆まきかい」と聞かれて、その人のそばへ行き耳元でつぶやいた。「豆まいてるだよ、大きな声で返事すると鳩にきかれてしまうでねえか」
「嫁を大事にしろ」といわれたので、嫁の実家に行くときに嫁を背中に背負って言った。「こんなに大事にしているよ」
「おまえは軽々しくいいけない」と言われたので、両腰に石臼ぶらさげて歩いて言った。「これで重々しくなった」
こんな惣兵衛であったが、伊勢参りの帰り道、浜松の宿で母親が子供を「だれかにくれてしまうから」と激しく叱るのを見て、おやげなくて「ホントにくれるのか」と言ってしまった。 すると興奮している母親が「アァ」と言ったので、背負って家まで連れて帰り、かわいがって育てた。
ところが、その子供は病気持ちだったので上州でむなしく息をひきとった。 惣兵衛はふびんでたまらず、自ら観音様を刻み弔った。
○伝妄甚平(前橋赤堀)
前橋赤堀にも「伝妄甚平」という話があり、こちらの方がたのしい。
※でんぼう→うそ・ほら、のグンマ語。
○粗忽惣兵衛(中越地方の民話、大分にもある)
惣兵衛は「あした不動参りするから、弁当つくっておいてくれ」と言って寝てしまった。 翌朝早く、風呂敷で弁当を包み・腰にぶら下げて、家を飛び出していった。
道行く人々が惣兵衛を見て笑った。 片足には草鞋・もう一方には脚絆だった。 自分の行く所を忘れた惣兵衛が道行く人にたずねると「そんな事知るか! この道行くのならば不動様だろう」
腹が減ったので弁当を食べようと、風呂敷を見ればそれは腰巻き、開けば中は枕だった。 何とか腹ごしらえしようと財布を見れば、二文しか入っていない。 餅屋の大福は三文。 そこで、二文を放り投げ、大福を持って逃げた。 店の者が叫びながら追ってきたが、とにかく逃げた。 姿が見えなくなったので、腰を下ろして大福に食いついたらかたくて歯がたたない。 大福見本の瀬戸物だった。
散々な目にあった惣兵衛は家に帰るなり怒鳴り散らした。 「このざまは何だ! お前のせいでひどい目にあった、しっかりしろ!」 返事があった。「あんたん家はトナリ…」
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