黒塚
☆鬼婆 (さいたま市大宮区)
大宮氷川神社東方は「足立ヶ原」、その中にあった黒塚稲荷。
ある昔、森の中に住む老婆は、旅人を泊まらしては生血を吸い・人肉を食べていた。 これを聞いた紀州熊本の東光坊阿闍梨祐慶、この地に庵室を造り・二十一日間呪文を修して折伏し、鬼女を石に化した。 この石を埋めたのが黒塚、庵室が東光坊(後に東光寺)。
※黒塚稲荷は、浦和に移転したらしいが詳細不明。(北武蔵の巻・大宮市史第五巻)
※東光坊阿闍梨祐慶は、武蔵坊弁慶の師匠。
※「奥州安達ヶ原の鬼婆」の源ともいわれる。
☆黒塚の鬼婆
祐慶上人が東国足立ヶ原にて黒塚の悪鬼を呪伏して東光坊と号した。 その後東光寺は移転、黒塚大黒院が残る。 足立ヶ原には女盗賊もいたといわれる。
※秩父卜雲寺には「武甲山の山姥の歯」が残っているらしい。
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