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○どこまで知ってる群馬の地名 鮎川(あいがわ)、 間の島(あいのしま)、 赤岩(あかいわ)、 秋畑(あきはた)、 秋間(あきま)、 足次(あしつぐ)、 四阿山(あずまやさん)、 穴原(あなばら)、 雨沼(あめぬま)、 新井町(あらいちょう)、 荒牧(あらまき)、 新巻(あらまき)、 新町(あらまち)、 有馬(ありま)、 安堀(あんぼり)、 安養寺(あんようじ)、
○板鼻宿 古くは若田郷藺田鼻、1604年中山道改修を機に北稜から移した。 旅籠数五十四軒は街道随一。 1845年上番と下番に分けられたのが災いし争いが絶えなかったとされる。 ※群馬県唯一の現存する一里塚が、「藤岡の一里塚」。 ※板鼻で悪事を尽くしていた伊勢三郎義盛が、源義経に会い改心したともいわれる。(松井田ともいわれる) ※達磨寺・糸操り灯籠人形、などある。
○中之条天王宮 戦国時代、吾妻を支配していた伊能新左エ門は越後六日町の天王祭の賑わいを見て、天王宮のご神体を盗み出した。 これに気づいた六日町人々に追われた新左エ門は必死に逃げ、伊能一族にバトンタッチすると三国峠を越え中之条古町の一族家まで一目散に逃げ帰った。 時は七月一日「釜蓋の日」であり、ご神体をセイロの中に隠した。 セイロの中は赤飯であった。 これ以来、中之条天王宮のご神体はセイロの中に安置されることとなった。 その後天皇宮は焼失し、ご神体は天王石の上に安置された。(鍋屋旅館前)
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