水角神社
☆水角神社の富士塚
江戸時代後期/1860
塚の表面は玄武岩質溶岩
石碑は輝石安山岩を中心に片麻岩、黒色片岩、玄武岩質溶岩、塩基性安山岩
高さ5.17m・直径約10m、石碑48基
水角神社境内の本殿北西側後方に築造され、塚の登り口には、明治十四年に寄進された手洗石が一基ある。 登山道は入口正面から右側にかけて、九十九折状に設けてある。 石碑の中で一番古い碑は、塚の頂上にある「浅間大神」と刻まれた泥質岩源の片麻岩を石材とする高さ1m33㎝ある大きな碑で、碑背には「万延元庚申十二月九日」と刻まれている。 また、塚中腹の右側に建てられた1.2mの三波川の黒色片岩を石材とした「磐長姫命」の碑背にも同様に「万延元庚申12月□日」と刻まれている。
☆水角神社の富士塚
「水角神社の富士塚」は、万延元年に庶民の信仰である富士信仰に基づいて築造された富士塚です。 富士塚の高さは約5.17mで、市域でも上位に位置するとともに山容は良好に保たれ、富士講に関わる石碑が最も多く残されています。 それらの石碑からは、築造・修復年代や寄進者名などが確認でき、富士信仰の範囲の広さを知ることができます。 また、現在でも浅間様の祭典が行われており、民俗学的見地からも貴重な資料に位置付けられます。
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