春駒まつり
開催日 2月11日(祝)
場所 川場村門前地区
金甲稲荷神社の祭日に奉納されるまつりで、2月11日に行われます。 女装した若者が唄と踊りを 披露しながら門前地区内の家々を廻り、家内安全と養蚕豊作を祈願する、全国的にも知られたお 祭りです。
お問い合わせ【川場村役場むらづくり振興課TEL.0278-52-2111】
春駒はグンマ各地にみられ、女一人(高山村)・母と娘(川場村)・爺さんと婆さん(上野村)、などがやって来た。 しかし、養蚕業の衰退・芸人の高年齢化などにより消えたが、川場村の青年団が復活させたそうだ。
※高山村最後の春駒芸人
○春駒唄(地域・芸人により異なる)
サイサイ、ノリコメハネコメ、コガヒノサンキチ、シッカリカイコメ
天神七代地神が五代 神の前ではじんまい駒よ
上っ方ではじょうめの駒よ お百姓でほ蚕の駒よ
春のはじめに春駒なんぞ 夢にみてさへよいとや申す
年もよし世もよしお蚕も当る お蚕にとりては美浜の国の
桑の郡りや小野山里で とめたる種はさてよい種よ
ゆうき小種かいばらき種か 加賀で豊原越前小種
当時すぐれし種場というは 信地島村信濃で上田
手種あわせて三とこの種よ かいめ女郎衆にお渡し申す
かいめ女郎衆はほめよろこんで とめたる蚕種を陽気にあてる
春は弥生の桜のさかり 雲にかすみやもえたつのべの
草木芽を出し皆色もちて さてものどかな八十八夜
八十八夜ほかいこのしんよ 三日に目づいて四日に青み
五日にさらりとおいでのおこは なんではきましよ掃くべき羽ねは
雲井はるかに羽をのす鳥の 大と小との風きり羽よ
さんなる風きり手にぬきもちて じゆじよごばんにそよとやのせて
一羽ねはけば千両のこかい 二羽ねはけば二千両のこかい
三羽ねはいたら三千両よ 三千かごなるこのおこさまは
桑の芽どりがよいとや申す これからみなみは皆高桑よ
こなたお家の八反ばたけ 十七八なるねえさんたちが
かみは島田にこぢやんと結うて 銀のかんざしべっこのくしよ
たんかのロベにうす化粧顔で 花入れ片ぞめけしたましばり
あやの前かけにしきのたすき 桑にあぶらのつかない様に
思い思いのその手ぬぐいを かみにかぶりてとめかんざしよ
女竹男竹の目かごを持ちて 乾の方へと向いたる枝を
桑の若葉にお手うちかけて しんなとたよめてそよとやもいで
もぐやこくやを日かごに入れて さらばこれからお宿えもどり
おやどえもどりてお蚕にしんぜ 桑の芽とりては手でおしもんで
あのおこちらりとこのおこばらり ちらりばらりと進ぜてまはる
さてはこのおこ桑めすさまは 昔源氏がうまやにすみて
こうじくりげがまきたに下りて たのくろぞろりと入れたる芝ほ
夕日にむいてほもとしやりしやりと 朝日にむいてほうらそよそよと
かもの川原や片品川の 瀬に住むまいしにさもよく似たり
食うとも似たりやはうとも似たり おもさも似たりやかたさも似たり
さてもこのおこ休みにかゝり しぢの休みはしんぢつこがい
たけの休みはたかごにまさる ふなの休みほふんだんかいこ
庭の休みはにほかにそだつ 四たびの休みもなんくせなうて
なんのくせなくまぶしに上り まぶし茅とて七十五駄
まぶしこだかく六日六夜 六日六夜につくりし繭を
伊勢は天照皇大神宮様へ 蚕繁昌と御祝い申す
はめやよろこぶはかりて見れば 大繭千石小繭が千石
種繭ともに三千石よ 三千石なる繭山つんで
これより奥の杉山切りて 間口十五間の糸べやたてゝ
大わく三十に小わくが三十 あげわくともに九十のわくよ
九十の框も早や出来上り ものもの上手をのこらず集め
上州の国では糸とり上手 武州の国では繭ねり上手
桐生伊勢崎はたおり上手 甲州郡内おびちりめんよ
南部ちりめん八丈が島よ 物の上手は東西陣よ
あやが上手でにしきが上手 たてあや横あやくみたてまして
しゝゆうにばたんや竹には虎よ 梅にうぐいす柳にけまり
むらなく雀もほらりと降りて 一枚おりては元三尺は
所ごきないお稲荷様へ 蚕繁昌とおみすいあげる
二枚おりては中三尺は 熊野三社の権現様へ
蚕繁昌とおみすいあげる 三枚おりては裏三尺は
所ごきない氏神様へ 蚕繁昌とおみすいあげる
あまりし糸やのこりし絹を 浜へやろうかお江戸へやろか
渋紙包みでりんぎといたし 車千丁おしゆくなれば
浜じやイギリスアメリカ人が あまた出て来る異人やつうじ
さてはこの糸よい絹などと ほめやよろこびかいとりまする
さらばこれから金うけとりて 大さつ万両に小さつが万両
丸金ともに三万両よ 三万両なる金うけとりて
はまではやるが大八車 大八車にゆるりとつんで
あやのたづなににしきのたづな おいべす音頭に大黒きやり
きやり音頭でえんさらさあとこなたお家に引きくるなれば
こなたお家の乾の方の 札倉七つに金倉七つ
十四のお倉にゆるりとつんで お子も沢山皆長命よ
鶴は千年亀万年に お蚕繁昌とお祝い申す
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