グンマの昔:群馬県庁
○群馬県庁
1871年10月28日第一次群馬誕生、11月19日旧高崎城で執務開始、1872年5月27日県庁前橋移転布告、1873年6月15日熊谷県発足し熊谷が県庁となる。 1876年8月21日第二次群馬県成立し県庁は高崎、1876年9月21日県仮庁前橋発令、1881年2月26日県庁前橋決定。
※前橋全町民あげての誘致運動であり、仮県庁移転は一日で終え・その後経済力ある前橋商人をはじめとする大口寄付金で諸施設を整備して実績をつくり、高崎を退けた。
○知事官宅より出勤の景
(前橋繁昌記 : 一名・前橋土産、半醒亭閑人槿華、以文会、1891年)
○群馬県庁
1871年7月14日廃藩置県により岩鼻県と前橋・高崎・安中・館林・など旧藩合わせて九つの県が成立、10月第一次群馬県成立(館林県と東毛三群を除外)し県庁を高崎城内に置いた。(高崎県との案もあったが、高崎対前橋の争いを避けたと思われる)
1872年高崎城が兵部省管轄となったため県庁を前橋城に移転、熊谷県時代を経て1878年8月第二次群馬県・仮県庁は安国寺にしたが手狭なので各課を分散。 高崎対前橋で県庁移転問題が起こり、前橋町民あげての誘致で前橋仮県庁が決まった。 その後、高崎で誘致運動が起きたが、結局は前橋商人らの財力による作戦勝ちとなった。
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