中山神社
☆氷川神社・簸川神社
武蔵国有数の古社で、崇神天皇時代の創建といわれる。(実際には奈良時代以前)
氷川神社(男体社)・中山神社(王子社)・氷川女体神社(女体社)と合わせて武蔵国一宮と称せられてきた。 諏訪大社が諏訪湖を取り巻く四神社で形成されているのに似て、諏訪湖にあたるのが見沼である。
○中山神社御神池
ここで祭事が行われたらしい。(古くは見沼の一部だった)
☆中山神社旧社殿
二間社流見世棚造、板葺、桁行2.42m・梁間1.55m・向拝の出1.43m、覆屋内。
放射性炭素年代測定法では、15世紀後半~16世紀前半の材が使用されていることが判明している。
(中川村)氷川社
村の鎮守なり、社領十五石の御朱印は天正十九年十一月附せらる、毎年十二月二日圍み三尺の松樹をきりて四つに裂き、數十本を社前につみ、同八日に至り朝より夕まで焚終り、彼松の炭を持来り、神前に供するをもて例祭となせりと云。
素戔嗚尊稲田姫命合社
本社に向て後にあり、奥の院と云。
末社。荒脛社、第六天社。
神主小山泉、吉田家の配下なり。
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