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カルシウムたっぷりOSHIDORI MILK CAKE COFFEEおしどりミルクケーキ コーヒー (日本製乳株式会社@山形県東置賜郡高畠町大字糠野目字高野壱694-1) ○菓子(6g×10本、26Kcal/本)
○蚕の始め 子供が欲しい長者が願掛けして授かったのが「玉代の姫」、しかし寿命十六年と定められていた。 長者は一生懸命育てたが、いよいよ十六歳になった日、あばれ馬が姫を蹴飛ばして終わった。 長者は悲しみ・毎日ぼんやりとしていたが、ある日膝に白い虫と黒い虫が八匹ずつとまった。 何をくれても食べなかったむしだが桑の葉だけは食べた。 これが蚕の起源である。 ※この結果、蚕には馬蹄計の模様と黒い点が16ある。(16歳の意)
○お艶が岩(前橋):色々な説がある。①昔、お艶が好きな人に会えなくなったのを悲しんで、岩の上から利根の濁流に身を投げた。 ②大阪城落城のおり、総社城主秋元長朝により連れてこられた淀君が世をはかなんで岩の上から身を投げた。 ③秋元長朝が、意のままにならない淀君を蛇と一緒に瓶に入れて利根川に沈めた。 男子の跡継ぎがいないのはこの祟りといわれている。 ※淀君については、多くの話が残されている。(淀君の墓・元景寺)
○目っこ池と大弓湾(伊勢崎茂呂羽黒原) 「丸池」の鮒はみな片目であったので「目っこ池」と呼ばれていた。 鎌倉権五郎が奥州清原氏と戦ったとき、敵の鳥海弥三郎に右目を射られた。 矢を抜いた権五郎が茂呂の丸池で目を洗ったので、池の鮒はみな片目になってしまった。 このときの矢を祀ったのが木崎・矢抜き神社、池が目っこ池となった。 目を治すとき世話になった家の娘が、形見の大弓を抱いて広瀬川に身を投げた。 その場所を大弓湾と呼び、祀ったお堂を大久庵と呼んだ。
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