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日本橋河岸 メモ

Edoshouzu江戸時代

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〇武州豊嶋郡江戸庄図
 第二次天下普請が発令される前年の慶長十七年、日本橋川と京橋川の間に九本の船入堀が開削されました。 楓川と外濠を結ぶ水路で、目的は江戸城の石垣用の石材を揚陸するための水路です。 同時期には三十間堀や八町堀舟入(後の桜川)がつくられ、北側の八町堀地区の埋立が一気に進みます。 また、八町堀北東の沖合を埋め立てて、僧霊厳が霊厳寺を 創建したのは、寛永元年のこと。 この当時の日本橋川の下流部は、埋立が進む八町堀地区 と霊岸島付近との間(現在の亀島川の水路)を流れて海に注いでいました。

※当初の船入堀は海に面していたが、石垣完成後東側が順次埋め立てられた。

横線540

 菱垣廻船や樽廻船で輸送されてきた物資は、いったん江戸湊の隅田川河口付近で高瀬舟や艀などの中型船に積み替えられ、隅田川や日本橋川などの川をさかのぼり・川の沿岸に設けられた河岸で荷揚げされました。 江戸時代には江戸市中の「河岸」の数は、七十以上あったと言われています。 また、輸送物資の貯蔵や保管を行う「蔵」が多数ありました。

 四日市河岸(木更津河岸)・行徳河岸・魚河岸・ 白魚河岸・米河岸・本材木河岸・茅場河岸・塩河岸・薪河岸・竹河岸・浜町河岸・小舟河岸・鎧河岸・柳原河岸、など

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横線540

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☆向井忠勝(将監)の屋敷。 関船が繋留されたり屋敷内と水路が繋がり、水軍の屋敷に相応しい造りになっている。

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