河童の詫証文
○持明院・河童の詫証文
所沢市北秋津85、04-2992-1446
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持明院の南側を流れる柳瀬川には深い淵があり、河童が住みついて人や馬に悪さを重ねたといいます。 ある日つかまって持明院のお坊さんに説教され、改心してお詫びの証文を書き、寺に残しました。(「曼荼羅淵の河童」、または「河童の詫び証文」)
※久米曼陀羅の河童は、川島町伊草の袈裟坊と狭山笹井の竹坊と兄弟分だった。
○曼陀羅堂・持明院
弘法大師天長年間行脚の折、夜中渕より青龍が現れ・曼陀羅の巻物を授け、大師は阿弥陀如来の像を彫り曼陀羅と供にお堂に納めた。
☆曼陀羅渕
馬に食いついた河童、捕まり・持明院和尚に説教され、詫証文を書いた。
※伊草の袈裟坊と笹井の竹が渕にも河童が棲んでいたらしい。
※笹井のタケ坊(竹坊)・伊草のケサ坊(袈裟坊)・小沼のカジ坊・小畔の小次郎、などが有名。 連れだって三人の子供に化け伊勢参りをしたさい、田螺の蓋をお金にしたとも。
※証文を書いた後もイタズラ続けたので持明院僧侶に捕まり、「井戸に落とした物はなんでも取ってくる」と約束したとも…
☆河童の捕まえ方(北斎漫画)
①川の細くなっている所を探す。
②川に橋のようにはしごを渡し・片側に網をつつりつけてすぐに引き上げられるようにする。
③はしごにまたがって・川の上に尻を突き出す。
河童がやって来て・ひきずり込もうと尻を撫でてくるので、タクミングを見計らってヒョイと腰を上げると同時に網を引き上げる。
※長幡村では神流川で、この方法で度々カッパを生け捕りにしたらしい…
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