ぐんま Feed

グンマの昔:泉沢のキマラ薬師

Akagikami35○キマラ薬師(泉沢・現前橋)
 きんまら薬師がつまってキマラ薬師となった。 生マラ薬師との説もあ る。  泉沢の守護仏は虚空蔵菩薩であり、古くから犬を飼わず、四社稲荷を祀 り鎮守とした。 この薬師を奉祀する際は物議を生じ、居場所が転々とし たとされる。

群馬での暮らし:たくあん

Yabuzuka_takuan○漬物
 藪塚本町は、大根生産トップクラスであり、たくあん用の「理想大根」がつくられている。 これは、土壌がよい・日照時間が長い・干すための風と、たくあん作りの条件をすべて満たしているからである。 この他、「小玉すいか」も作られている。

続きを読む »

引札:藻を刈る和装姉妹

Hikifuda_07○美張屋鶴吉・上毛原市中町(現安中市)

※藻を刈る→もうかる→儲かる

グンマの昔:高崎号

Gunma_takasakigou 1933年「高崎航空普及会」が設立され、乗附練兵場を使い飛行機「高崎号(2機)」が飛んだ。  その後は、会費を取って市民を乗せ毎日高崎上空を飛んだとされる。

続きを読む »

グンマの昔:弘法の井戸

Gunma_koubouido○弘法井戸(甘楽)
 弘法大師が水を求めたところ、一人の女が遥か遠くまで水を汲みに行った。 これを見た弘法大師は、錫杖を地中に突き刺し泉を湧出させた。

※弘法大師が大盤振る舞いしたらしく、この話・この井戸はグンマ各地にある。

続きを読む »

めばるの塩焼き

Mebaru06海鮮料理 
松籟(しょうらい)
 (高崎市栄町19-17、027-326-3566、11:30~13:30・17:30~23:00、土日祝休)昼は日替わり定食3種類各800円。

○めばるの塩焼き

続きを読む »

群馬での暮らし:ことわざ編

Gunma_ai6○足の下から鳥が立つ
○朝あめと女の腕まくりに驚くな
○朝日焼けがすると雨がふる
○朝茶はその日の難のがれ
○朝蜘蛛がおりると縁起がよい
○朝蜘蛛は恵比須様にあげろ
○頭に巻毛が二つある子は意地が悪い
○朝鳩が鳴くと雨になる
○朝霧があがれば雨になる
○朝口に女の客があるとその日は人が来る

続きを読む »

グンマの昔:今井の子宝神

Akagikami37○オトコシさま(沼田・今井)
 地域により、金精さま・大通龍さま・ごもっともさま・福守さま・男石さま・お種神さま・麻良さま・珍鋒さま・男石尊さま・道祖神さま・立石さま、なとどもよぶ。

※鎌倉時代、今井四郎兼平が落ちのびて住みついたのが今井部落であったとされる。
 

続きを読む »

引札:富貴双六

Hikifuda_06○森川商店・渋川上ノ町

グンマの昔:高崎駅

Takasaki_tobu高崎市

続きを読む »

グンマの昔:滝窪の開姫さま

Akagikami36○開姫さま(瀧窪・八柱神社)
 開姫さま(貝姫さま・さね石さま)  1874年、村人が赤城荒山鍋割から持ち帰り寺沢川辺に祀り、後に八柱神社に移転祭祀された。 お願生果しには旗をあげた。 

※「荒山のただ石こそはイヤハーノ里に出て、里に出て開姫様にまつられる」と田植唄にもある。

続きを読む »

はっさく大福

Dagashi2253a創業百年 大正元年創業 福嶋屋製菓舗
はっさく大福
 (株式会社福嶋屋@群馬県佐波郡玉村町上新田1637/イーサイト高崎、0270-65-3765、無休)

○中はハッサクに白餡。 写真左は大きなイチゴ大福 「いちご大福メガ」。

続きを読む »

引札:商業はがきと郵便配達

Hikifuda_05○二宮作治・中之条町

続きを読む »

群馬での暮らし:方言と俗語

Gunma_go3☆どこまで解るグンマのことば

続きを読む »

グンマの昔:藪塚石材軌道

Yabuzuka51○藪塚石材軌道
 1909年藪塚石材鉄道設立(東武鉄道太田停車場~両毛線大間々停車場を藪塚石運送計画)、1911年太田~藪塚工事開始、当初は馬車鉄道を計画したが「軽便鉄道法」による敷設に変更し人車鉄道で旅客も運んだ。 同年、太田軽便鉄道に改称、設立当初から東武鉄道資本であったため1912年東武鉄道に線路敷設権を譲渡し太田~藪塚本町で蒸気化・軌間変更、1913年東武鉄道として蒸気鉄道線(太田~相老)となった。

続きを読む »

群馬探検隊 vs. 群馬探研倶楽部

Gunma_prf○群馬県企画部企画課による 【群馬探検隊】 ができた。

○やまだくんのせかい 【群馬探研倶楽部】 はマケナイ。

刺身定食

Syourai5海鮮料理 
松籟(しょうらい)
 (高崎市栄町19-17、027-326-3566、11:30~13:30・17:30~23:00、土日祝休)昼は日替わり定食3種類各800円。

○刺身定食

グンマの昔:ミコト牛乳

Mikoto(WEB 転載)

○ミコト牛乳
 かつて嬬恋村農業協同組合が経営していた牛乳、日本武尊の「ミコト」から名づけたらしい。 1954年、嬬恋ではニュージーランドとオーストラリアから一千頭のジャージー牛を入れ、濃くて味の良い牛乳を供給していたのだが、牛が病気(嬬恋ゼンソク)にかかり衰退してしまった。 

※嬬恋農協は、北軽井沢のスズラン牛乳(現在のすずらん牛乳とは違うらしい)も管理していたらしい。 

続きを読む »

引札:猩々と酒樽

Hikifuda_04○薬師嶽牛乳搾取所・吾妻町原町

続きを読む »

グンマの昔:小夜戸の金精神

Akagikami31○豊郷神社(小夜戸貝戸)
 周りは石英とされる自然石。 ある昔、渡良瀬川の小夜戸寺の瀬へ流れ着いた石を下小夜戸村と大沢村のどちらに祀るかでもめ、さしで担ぎっこして大沢村豊郷神社に祀ることとなった。麻良石とも表される。

※小夜戸の地名は、サヤド神に由来するとの説もある。

群馬での暮らし:電話でバス

Denwadebasu○電話でバス@みどり市
 おとな300円で、時間と乗車区間を電話で予約して利用する乗合バス。

※電話してからバスが来るまで数時間待つらしい。

群馬での暮らし:グンマ都市

Gunma_map_2グンマの都市は下記のように発展してきた。

○城下町を起源とする都市
 前橋・高崎・伊勢崎・館林・沼田・安中・
 (以下は陣屋:小幡・七日市・吉井)
○市場町を起源とする都市
 桐生・大間々・中之条・原町・室田・長野原・渋川・下仁田・鬼石・富岡・藤岡
 (以下は谷口集落:桐生・大間々・大胡・沼田・渋川・ 中之条・原町・室田・下仁田・鬼石)
○宿場町を起源とする都市
 高崎・安中・渋川・玉村・境・木崎・太田

続きを読む »

銀製雛道具段飾り

Hina31○銀製雛道具段飾り
 銀製・雛壇高さ16.1cm(三井家)

ぐんまわらべうた:おひながゆ

Ohinagayu21○おひながゆ(上野村)
 河原に石の城を作り、おひなさまを飾り・かゆを作って食べ・お菓子などを食べ、一日を河原で過ごす。(男女ともの地域が多い)

※ ある昔、神流川の上流からお姫様が流れてき、乙父部村人が助け上げ・河原で藁を焚き暖め・かゆを食べさせたのが始まりと言われている。

続きを読む »

グンマの昔:産泰神社胎内くぐり

Akagikami32○産泰神社(前橋市大屋町)
 汁宝物の中に「舟乗り大黒」・「子胤石」などがある。

続きを読む »

引札:牛乗り天神と和装美人

Hikifuda_03b清水屋呉服店・沼田町

※清水屋呉服店は、現在再開発ビル・グリーンベル21内@沼田市下之町888。

続きを読む »

菱餅

Hishimochi※グンマでは、【ひし餅は、鏡餅の上に飾るものだ】 ということがある

続きを読む »

群馬での暮らし:グンマいいつたえ

Gunma_ai6○魔境の邦グンマ 【グンマのおきて】
 グンマで生きるにカナラズ必要な【おきて】。 これを守らねば命の保証はない。

続きを読む »

グンマの昔:三夜沢の子宝杉

Akagikami33○三夜沢赤城神社の子宝杉
 豊城入彦命の孫三諸別王or高野辺家成りの子息とかが三日三晩泊まって父祖の霊を拝んだので「三夜沢」とよばれるようになった。  この杉の皮を、剥いで帯の間にはさんでおくと子宝に恵まれ・煎じて飲めば安産する、とされた。

続きを読む »

群馬での暮らし:鼻毛石町

Hanageishi○前橋市鼻毛石町
 「鼻石」と呼ばれる人間の鼻の形をした巨石があり、その穴に生えた草が毛に見えたので鼻毛石とよぶようになった。 かつては、「鼻毛石」・「鼻ヶ石」・「はなけ石」・「鼻石」ともよばれたが何時とはなしに「鼻毛石」に統一されたらしい。

引札:子どもの正月遊び

Hikifuda_02b○川端久三郎・上州板鼻町

※川端商店跡は、現在特別養護老人ホーム@安中市板鼻1-15-15。

続きを読む »

おひなさまこけし

Kokeshibinaおひなさまこけし
 (榛東村・卯三郎こけし)

群馬での暮らし:グンマまじない

Gunma_ai6○魔境の邦グンマ 【グンマのまじない】
 グンマで生きるにカナラズ役立つ【まじない術】。 これを覚えねば命の保証はない。

続きを読む »

グンマの昔:田口の福守さま

Akagikami38○橘神社・福守神社(前橋市田口町・橘山)
 利根川から田口の広瀬川と桃木川の分岐点に流れ着いた御神体を関守拾い祠をたてて祀ったとされる。 その後明治末年、現在の地に移転祭祀された。 祈願する人は、リンガを借り、お願生果しは倍返しがならわし。

続きを読む »

引札:十二支の自転車競走

Hikifuda_1 引札は、「客を引く札・広く配る札」として、正月用・宣伝用として作られました。

あら煮定食

Syourai1海鮮料理 
松籟(しょうらい)
 (高崎市栄町19-17、027-326-3566、11:30~13:30・17:30~23:00、土日祝休)昼は日替わり定食3種類各800円。

○あら煮定食

続きを読む »

グンマの昔:子守学校

Takasaki_komori○樹徳子守学校(1903年~1944年)
 1896年3月、沼田小学校長石田勝太郎が子守奉公する子供たちに放課後学校を開いた。 1901年になると町費が支弁されるようになった。 グンマでは、子守奉公にだされる子供が多く、そしては悲哀ただよう子守唄が多く残った。

※高崎でも中央尋常小学校で子守学校開始(1904.12.1)
※グンマでは、子供は年期子守奉公に出されることが多く、食事も着るものも十分ではなかった。 その辛さを唄ったのが子守歌となっている。

続きを読む »

グンマの昔:竹の皮拾い

Gunma_takekai○竹の皮拾い
 子供たちが拾い集めたタケの皮は、よく乾燥して長さを揃えて束ねておくと、仲買人が買い集めにやってきた。 その後は、食べ物を包んだり・草履作りに使われた。(タケの皮が入ると丈夫になるといわれた)

昼食

20140226a本日の昼食、みだれなし。

グンマの昔:浅間山

Asama201202d《グンマを話そう》
 ある昔、上州と信州の国境を決めることになった。 一番鶏が鳴いたら、上信両方から牛を山頂に向かって歩かせ出会った地点を国境とするとことにした。 信州人は鶏の脚を縛り蒸気蒸しにしたので、驚いた鶏は一時間以上早く鳴きだした。 こうして信州側は山頂を越えより多くの土地をせしめた。  これに対し、上州人は「上野の国や砥沢で鳴くほととぎす」と宣伝活動をし砥沢を死守した。

※下野国との国境争いもあった。

群馬での暮らし:電話ボックス

Gunma_tel@群馬音楽センター

続きを読む »

群馬での暮らし:1キロ焼そば

Moriya1もりや食堂
 (高崎市新田町2-5、027-322-0746、月~金10:00~15:00・土7:30~14:00、日祝祭休) 1952年創業

○やきそば大(600円)
 コ(具)は、キャベツと揚げ玉。

続きを読む »

グンマの昔:一もっこ山

Haruna201202a《グンマを話そう》
○一もっこ山
 ある昔、榛名の天狗が「富士山に負けない山を一晩で造る」と駿河の天狗に宣言した。 そしては、おっきな「もっこ」を作り、土を運んでは山を造り始めた。 しかしもう一回運べば榛名富士が完成というところで一番鳥が鳴き夜が明けてしまった。
 榛名の天狗はじたんだを踏み・最後の「もっこ」を投げ捨ててしまった。 そのじたんだを踏んですり鉢状の窪地になったのが「すりばち池」・投げ捨てたもっこでできたのが「一もっこ山」・土を掘った跡に水がたまったのが「榛名湖」だ。
※右手前が一もっこ山

郷土玩具:近代こけし

Gunma_kokeshi5○近代こけし@前橋
 前橋市惣社町関口専司が麻布中村工場で修業し、1910年前橋に戻り足踏みロクロで玩具と共にこけしを作った。 その後1954年の全国こけしコンクール展を機に、創作こけしとして発展した。

ゼロキロポスト

20140224d上越新幹線の起点は【大宮駅】。
写真は、上越新幹線ゼロキロポスト@大宮駅。
※東京~大宮は東北新幹線。

続きを読む »

グンマの昔:子持村

Komochi23○子持山
《グンマを話そう》
 子持山には千谷あるが、ある昔唐から帰った空海がこの地に寺を営もうとしたので、子持様は一谷隠してしまった。 やって来た空海が数えると九百九十九谷しかないので、寺をあきらめ帰っていった。 このとき空海が爪で岩にかいたのが「爪書不動」といわれている。

※同様な伝説に、袈裟丸山(弘法大師)・赤城山・榛名山・太田金山にもある。 ただし谷を隠すことはしなかった。

続きを読む »

花山うどん

Hanayamaudon2○花山うどん製造元(明治40年)
 明治27年創業、館林駅前で開業、現㈱花山うどん。

※グンマは、かつては全国第二位の麦生産地であり製粉業およびその加工として、日清製粉(館林製粉)・日本製粉・昭和製粉・サンヨー食品・カネボウ食品などあった。

人魚ステーキ

Ningyo21日本での人魚は美しいことなく(鳥山石燕絵)・食べられる運命にあった。

○八百比丘尼伝説(白比丘尼伝説)
 宴席で出された肉料理が人魚肉であることを知った村人は気味悪がって誰も食べようとしなかったが、ただ一人その肉を持ち帰った男がいた。 そしては、娘がその肉を食べてしまった。 ところが娘は、何年経っても十六・十七歳のままで年をとることなく、身内がいなくなった娘は尼となり福井県小浜の空印寺で八百歳の寿命を全うした。(地域により話筋は異なる)

※地方によっては、交わった男は死に至るといわれた。
※伊勢国の漁師が人魚を獲ったので平忠盛に献上したところ、忠盛が気持ち悪いと返品した。 困った漁師は美味しく食べた。(古今著聞集)

続きを読む »

群馬での暮らし:道祖神

Dousojin31○双体道祖神(上里見)

※双体道祖神は、兄と妹(地域によっては父と娘)とされ、結婚相手を探して旅に出た二人が見つけられずに帰ってきたらお互いこそが求めていた相手だったとの話になっている。(お互いのが大きすぎてピタリ合うのは兄妹だけだった、という地域もある)

グンマの昔:下牧人形

Komemaki61古馬牧の人形浄瑠璃(下牧人形)
 1955年古馬牧村と桃野村が合併し月夜野町となった。 かつては牧野神社の舞殿で上演されていた、三人遣いの人形芝居である。
 元禄三年、弥兵衛・九右衛門・源衛門の三人が伊勢参り道中で人形の頭五個を買い求めたにはじまった。 その後、明治八年吉田勘十が村に立ち寄った際に教わった。 もっぱら農業が休みの雨の日に稽古をしたので「雨降り人形」ともよばれている。

続きを読む »

ブログ記事を検索できます

  • Google

ブログ画像を検索できます

下記のアルバムを見る時は、右クリックから新しいウィンドウを開いてください。

ミニカー

  • Minicar1323a
    [Diecast cars]
    Any question available.
    Please ask in コメント column.

駄菓子

  • Dagashi1870a_2
    10円玉の世界-DAGASHI

めたる

  • Orgel_2b
    銅板・銀板の世界

北海道の昔

  • 啄木像
    北海道観光 in 1960'

札幌の昔

  • 定山渓
    札幌・定山渓

函館の昔

  • 啄木像
    函館・大沼

青函連絡船

  • Mashu_1fc
    田村丸から十和田丸まで .

浦和の昔

  • Aburaya1952
    浦和周辺

川口の昔

  • Kawaguchi41
    川口周辺

Nicolai Bergmann

  • Nicolai17a
    Nicolai bergmann
    (BOX ARRANGMENT)
    by ESTNATION