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2014年2月

あら煮定食

Syourai1海鮮料理 
松籟(しょうらい)
 (高崎市栄町19-17、027-326-3566、11:30~13:30・17:30~23:00、土日祝休)昼は日替わり定食3種類各800円。

○あら煮定食

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おやき

Oyaki_irohaいろは堂のやさいおやき
炉ばたのおやき
 (有限会社いろは堂@長野市鬼無里1687-1)

○かぼちゃ・野菜ミックス・粒あん・あざみ・野沢菜・ぶなしめじ・きりぼし大根・ねぎみそ・なす、等があるらしい。

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郷土玩具:挽物玩具

Gangu_tokyo3○挽き物玩具(東京)

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グンマの昔:子守学校

Takasaki_komori○樹徳子守学校(1903年~1944年)
 1896年3月、沼田小学校長石田勝太郎が子守奉公する子供たちに放課後学校を開いた。 1901年になると町費が支弁されるようになった。 グンマでは、子守奉公にだされる子供が多く、そしては悲哀ただよう子守唄が多く残った。

※高崎でも中央尋常小学校で子守学校開始(1904.12.1)
※グンマでは、子供は年期子守奉公に出されることが多く、食事も着るものも十分ではなかった。 その辛さを唄ったのが子守歌となっている。

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グンマの昔:竹の皮拾い

Gunma_takekai○竹の皮拾い
 子供たちが拾い集めたタケの皮は、よく乾燥して長さを揃えて束ねておくと、仲買人が買い集めにやってきた。 その後は、食べ物を包んだり・草履作りに使われた。(タケの皮が入ると丈夫になるといわれた)

昼食

20140226a本日の昼食、みだれなし。

グンマの昔:浅間山

Asama201202d《グンマを話そう》
 ある昔、上州と信州の国境を決めることになった。 一番鶏が鳴いたら、上信両方から牛を山頂に向かって歩かせ出会った地点を国境とするとことにした。 信州人は鶏の脚を縛り蒸気蒸しにしたので、驚いた鶏は一時間以上早く鳴きだした。 こうして信州側は山頂を越えより多くの土地をせしめた。  これに対し、上州人は「上野の国や砥沢で鳴くほととぎす」と宣伝活動をし砥沢を死守した。

※下野国との国境争いもあった。

郷土玩具:船渡張子

Koshigaya_hariko○張り子人形@亀戸
 左は越谷・船渡張子

群馬での暮らし:電話ボックス

Gunma_tel@群馬音楽センター

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群馬での暮らし:1キロ焼そば

Moriya1もりや食堂
 (高崎市新田町2-5、027-322-0746、月~金10:00~15:00・土7:30~14:00、日祝祭休) 1952年創業

○やきそば大(600円)
 コ(具)は、キャベツと揚げ玉。

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グンマの昔:一もっこ山

Haruna201202a《グンマを話そう》
○一もっこ山
 ある昔、榛名の天狗が「富士山に負けない山を一晩で造る」と駿河の天狗に宣言した。 そしては、おっきな「もっこ」を作り、土を運んでは山を造り始めた。 しかしもう一回運べば榛名富士が完成というところで一番鳥が鳴き夜が明けてしまった。
 榛名の天狗はじたんだを踏み・最後の「もっこ」を投げ捨ててしまった。 そのじたんだを踏んですり鉢状の窪地になったのが「すりばち池」・投げ捨てたもっこでできたのが「一もっこ山」・土を掘った跡に水がたまったのが「榛名湖」だ。
※右手前が一もっこ山

郷土玩具:近代こけし

Gunma_kokeshi5○近代こけし@前橋
 前橋市惣社町関口専司が麻布中村工場で修業し、1910年前橋に戻り足踏みロクロで玩具と共にこけしを作った。 その後1954年の全国こけしコンクール展を機に、創作こけしとして発展した。

ゼロキロポスト

20140224d上越新幹線の起点は【大宮駅】。
写真は、上越新幹線ゼロキロポスト@大宮駅。
※東京~大宮は東北新幹線。

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グンマの昔:子持村

Komochi23○子持山
《グンマを話そう》
 子持山には千谷あるが、ある昔唐から帰った空海がこの地に寺を営もうとしたので、子持様は一谷隠してしまった。 やって来た空海が数えると九百九十九谷しかないので、寺をあきらめ帰っていった。 このとき空海が爪で岩にかいたのが「爪書不動」といわれている。

※同様な伝説に、袈裟丸山(弘法大師)・赤城山・榛名山・太田金山にもある。 ただし谷を隠すことはしなかった。

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花山うどん

Hanayamaudon2○花山うどん製造元(明治40年)
 明治27年創業、館林駅前で開業、現㈱花山うどん。

※グンマは、かつては全国第二位の麦生産地であり製粉業およびその加工として、日清製粉(館林製粉)・日本製粉・昭和製粉・サンヨー食品・カネボウ食品などあった。

ペットボトルカバー

20140224fRilakkuma
ペットボトルカバー by 伊藤園(全5種)

人魚ステーキ

Ningyo21日本での人魚は美しいことなく(鳥山石燕絵)・食べられる運命にあった。

○八百比丘尼伝説(白比丘尼伝説)
 宴席で出された肉料理が人魚肉であることを知った村人は気味悪がって誰も食べようとしなかったが、ただ一人その肉を持ち帰った男がいた。 そしては、娘がその肉を食べてしまった。 ところが娘は、何年経っても十六・十七歳のままで年をとることなく、身内がいなくなった娘は尼となり福井県小浜の空印寺で八百歳の寿命を全うした。(地域により話筋は異なる)

※地方によっては、交わった男は死に至るといわれた。
※伊勢国の漁師が人魚を獲ったので平忠盛に献上したところ、忠盛が気持ち悪いと返品した。 困った漁師は美味しく食べた。(古今著聞集)

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群馬での暮らし:道祖神

Dousojin31○双体道祖神(上里見)

※双体道祖神は、兄と妹(地域によっては父と娘)とされ、結婚相手を探して旅に出た二人が見つけられずに帰ってきたらお互いこそが求めていた相手だったとの話になっている。(お互いのが大きすぎてピタリ合うのは兄妹だけだった、という地域もある)

嫁入り菓子

Yomeirikashi○名古屋名物「お嫁さん菓子」
 祝いの品であり、ケチると後々まで言われるので、踏ん張って踏ん張って大判振る舞いする。

[道よけの唄]
嫁さん嫁さん菓子おくれ
菓子がなければ通さんよ

※嫁さん菓子は、富良野や徳島にもみられた。  

越前海鮮浜弁当

Echizenha2越前海鮮浜弁当
 (株式会社一乃松@福井県越前市三ツ口町77番地 )

グンマの昔:下牧人形

Komemaki61古馬牧の人形浄瑠璃(下牧人形)
 1955年古馬牧村と桃野村が合併し月夜野町となった。 かつては牧野神社の舞殿で上演されていた、三人遣いの人形芝居である。
 元禄三年、弥兵衛・九右衛門・源衛門の三人が伊勢参り道中で人形の頭五個を買い求めたにはじまった。 その後、明治八年吉田勘十が村に立ち寄った際に教わった。 もっぱら農業が休みの雨の日に稽古をしたので「雨降り人形」ともよばれている。

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グンマの昔:古馬牧村

Komemaki11○古馬牧村(こめまきむら)
 1889年4月1日後閑村・師村・政所村・真庭村・下牧村・上牧村・大沼村・奈女沢村が合併し利根郡古馬牧村となり、1955年4月1日桃野村と合併し月夜野町となり、2005年10月1日水上町・新治村と合併しみなかみ町とった。

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みそ汁定食

Misoshiru21(WEB転載)

沖縄では「味噌汁定食」があるそうだ。

群馬での暮らし:鈴与し

Suzuyoshi2 とんかつ定食
 (鈴与し@高崎市鶴見町11-1、027-322-4855) 

☆関西でカツといえばビフカツ。

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トレーラーバス

Bus35前橋~伊香保(1951年)

※トレーラーバス自体は、1950年横須賀で起きた車両火災以降全国的に使われなくなった。(乗客が持ち込んだガソリンに火がついたが、運転手が気づかずに走り続けたため50名近い死傷者を出した)

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酒饅頭

Dagashi2248a酒まんじゅう
 (丸須製菓@みなかみ町湯原1680-4、0278-72-3591、8:00~18:00、不定休)

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グンマの昔:十二様

Gunma_mingu03○十二様
 十二様は山の神であるが、片品では「さんじん:産神」と読み出産の神様としている。

※十二様は、山の守護神だけではなく、子供を守る神・お産の神としても信仰されている。 
※なぜ十二かは諸説あって定かではない。 この十二様の大好物はオコゼ(ナマズやカジカなど顔が醜い魚なら良い)とされている。

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グンマの昔:赤飯・紅白餅・長寿袋

Chouju31○葬儀に赤飯
 長生きした人の葬式には「長生きして天寿をまっとうした大往生だからお祝いだ」として、赤飯・紅白餅・長寿銭が出ることがあった。  長寿をまっとうした人だけが出すことができる赤飯や餅は希少価値があり、参列者にも長寿の幸運を分け与えるとの思いである。  長寿銭として長寿袋に百円(百歳にあやかって百円・一部地域では五円も)を入れることも多かった。  また、野辺送りで小銭を降らす儀礼(撒き銭・投げ銭・弔い銭)もあった。 ただし、拾ったお金は当日に使いきり家には持って帰らないとされた。
※長寿袋は、お年玉袋ぐらいの大きさ。
※戒名に寿を入れることもあったようだ。
※葬式を「ジャンポン」とよぶ地域も多い。

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ゆずあんぱん

Minicar1427aゆずあんぱん@エディアールベーカリー

富士重工太田工場

Subaru1959○富士重工業
 1960年太田製作所と伊勢崎製作所を統合再編成し群馬製作所(本工場)と改称、呑龍工場→太田北工場・矢島工場・大泉工場・伊勢崎工場(第一工場・第二工場)、体制となった。

※1959年

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グンマの昔:竹なんご

Gunma_takenango○竹がえし
 細螺弾き・細螺おしゃくい、グンマでは「竹なんご」。 竹ベラには表裏があり、紅白など色がついていることもある。 

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サンヨー電機大泉工場

Sanyo1959○三洋電気東京製作所
 1958年計画、1959年7月独立した製造会社とて設立、1986年三洋電機株式会社東京製作所に改称、その後規模縮小。

※1959年

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石垣と段々畑(南牧村)

Nanmoku_ishigaki2○南牧村の石垣
 1875年ごろ、千原慈眼寺住職工藤膽師が大仁田集落の石垣を見て、毎朝南牧川に顔を洗いに行く度に石を一つずつ積み上げて寺裏山に石垣を作った。 やがては、耕地の拡大から石垣が見直されるようになった。  このようにして大切にされた石垣には数々の俗信があった。(石垣信仰)

☆石垣の間には割れた瀬戸物などを突っ込んだ。(危険物の廃棄・再利用・供養の意味がある)

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郷土玩具:王子の狐

Gunma_gangu7○王子の狐
 串を引くと、狐が花魁に変わる紙製玩具。

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道明寺

Dagashi2250a創業百年 大正元年創業 福嶋屋製菓舗
道明寺
 (株式会社福嶋屋@群馬県佐波郡玉村町上新田1637/イーサイト高崎、0270-65-3765、無休)

○和生菓子

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グンマの昔:根っくい

Gunma_nekkui○ねっくい(ねっくぎ)
 エゴ・ツバキ・ウメなど堅くて重い枝の先を尖らせる。 地面に投げ刺した相手のねっくいの根元を狙い、倒せば勝ち。 倒れるまで、順番に繰り返す。 

※地方によっては、「根っ木」。

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三菱電機群馬製作所

Mitsubishi_gunma○三菱電機群馬製作所
 1959年4月1日創立、現在は電気給湯機を制作。

※この他、東芝機器株式会社(本社前橋市)もあったが2011年ツブレタ。

グンマの昔:高崎

Takasaki_23

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ジャンボコロッケ

Dagashi2249a

グンマの昔:とんぼ羽根

Gunma_tombobane○とんぼ羽根(ぶんぶんごま・うなりごま)

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グンマの昔:ばんだい餅

Bandaimochi○ばんだい餅(板台餅)
 山仕事のときに、伐った大木の切り株で餅を搗いた(臼の代わり)。 利根村では十二様様祭りに搗いたとされる。 ふかした粳米を切り株にのせ、斧の背中で搗き、樽の生木を割った串にさして焼いたらしい。

 
※十二様は山の神で、毎月十二日は例祭とされ山仕事を休み、餅や色々な物をお供えし安全を祈願する。
※利根には十二のつく地名が多くあった。  十二平・十二沢・十二前・十二原・十二峰・十二・十二反・十二向・十二廻・十二山・十二越・十二ノ上・十二入・十二ノ木・十二後久保、など。  

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ドンレミーアウトレット

Takasaki0217fドンレミーアウトレット高崎店
 群馬県高崎市東町5番地、ココパルク1F、027-310-3828、 年中無休11:00~21:00

○切り落としとか・規格外とか、まぁ早い話が「久助ケーキ」だ。

群馬での暮らし:栄寿亭

Eijyu_tamago玉子丼
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

※ビッシリ入っているのがグンマの特徴

グンマの昔:お仙が淵

Gunma_osen《グンマを話そう》
○お仙が淵・甘楽郡西牧村
 ある昔、吾八という男がおった。 秋が終わり冬になる前にと、正月用の鯉を釣りにでかけた。 それは思うように釣れない日であった、帰りがけにもう一度竿をふると今までにない大きな鯉が釣れた。 吾八は、家の池に鯉を放し毎日眺めてくらした。
 やがて正月も近づいた二十九日、自分の手で料理できないほど愛おしくなったので、鯉を市に売りに行くことにした。 吾八は篭を背負い鯉を釣り上げた淵のそばまで来ると「おせん…どこへいく…」と声が聞こえた。 誰もいなかった。「下仁田の市へ…」「いっちゃなんねえ。かあのところへはよこい…」と。  そして、吾八の鯉は大きく跳ね上がり淵へと飛び込んでいった。 こうして「お仙が淵」とよばれるようになった。

グンマの昔:庚申まつり

Gunma_koushin2○庚申さま(庚申講)
 庚申さまは、百姓の神・作神・鬼門よけの神・猿田彦神などといわれている。 年に六回ある庚申の夜は身を謹んで徹夜する。(お日もち)  実際は、庚申の晩の禁忌も多いが、ご馳走を食べながら談笑して一夜を過ごしたようだ。

※庚申塔は、三隣亡除けでもあった。
※庚申様とお正月様とは仲が悪いらしい。 「赤城の神と二荒山の神との戦い」に代表されるがごとく、グンマの神々はあまり仲がよろしくないようだ。

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雪都高崎

Takasaki0217a

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グンマの昔:高崎の夜

Takasaki_26○高崎駅前通り(戦前)
 高崎駅東武電車発着所から現上信本社まで堀があり、夕方になるとテント店が開きラーメ ンを売っていた。 これが評判となり「どぶそば」といわれた。

※大正末には、今坂屋・六方屋の「あずきアイス」が人気だった。

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水上饅頭

Dagashi2247a水上まんじゅう
 (丸須製菓@みなかみ町湯原1680-4、0278-72-3591、8:00~18:00、不定休)  

○カステラ生地で美味しい。

子持山

Gunma_komochiyama○子持神社
 子持山中腹にある子持神社は木花開耶姫を祀り、子授け・安産の上とされる。 また大正天皇が生まれる際に祈願したともいわれている。 日本武尊や弘法大師の伝説も多い。

※火山でもある子持山は、万葉集には「児毛知夜麻」とある。

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群馬での暮らし:民家

Gunma_minka4赤城型民家

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